2022/03/07 歌謡曲が好き 80年代歌謡曲 楽曲紹介

1985年3月を思い出し



当サイト、自分でもたまに見て、トップページが毎日○年前のザ・ベストテンとか表示しますので、あー懐かしいなぁって思ったりしますし、1980年代の曲、だいたい歌詞カードなしでそらで歌えるってのもありますね。



今日、3月7日に表示されたのが1985年3月7日のザ・ベストテンのランキング。
どの曲も、むしろスポットライトの男船も含めて歌えますねぇ。

この当時、私は小学校6年生ではありますが、人生の転換期がありました。親の問題で生まれ育った町を離れることになった、それがこの時期です。
見ず知らずの街に行く車内では当時日曜日にラジオで放送していたランキング番組全日本歌謡選抜が流れていました。ちょうどこのランキングとこの曲たちがかぶります。

ラジオは夜に聞くものだったという私にとって、ちょっとこの番組は衝撃。ローカルなアナウンサー氏が司会でありまして(多分赤城敏正氏だったと思う)あくまでローカルな番組なのですが、音楽情報として当時のアーティストが番組にコメントを入れるわけです。えっこんな田舎の(失礼)ラジオにこの人が「全日本歌謡選抜をお聞きの皆さん~」と番組名でコメントするのかいと。
後から思えば文化放送をキーステーションに、各地区独自の番組としながらもランキングは共通という被疑ネット番組だったんですね。なので東京文化放送で流れる「全日本歌謡選抜」へのメッセージがそのままローカルでも流れるということなのでしょう。

この番組、トヨタ自動車の1社提供番組でした。ですので、車のCM、カリーナEDとかクレスタとか当時のCMが「音」として思い出されるというのもあります。

今は、ランキング番組の流行らない時代です。長く続いたベストテンほっかいどうも無くなって、当地でしたら今残ってるランキング番組はノースウエーブのSAPPORO HOT 100
https://www.fmnorth.co.jp/sapporohot100/
くらいですかねぇ。ちょっと毛色は違うんだけど。

そんなラジオをよく聞いた時期である1985年、自分の環境の変化が大きかったこともあって、やっぱりこの時期の曲に思い入れがあります。

そして複雑な感情だったのが松田聖子さんの結婚であります。1985年2月に郷ひろみさんとの破局が発表されます。その時のシングル楽曲が「天使のウィンク」で作詞・作曲は尾崎亜美さん。そして、直後に神田正輝さんとの交際を会見し、4月には婚約発表、4月18日のザ・ベストテンでは結婚後の芸能活動は未定と話します。そして翌年には神田沙也加さんを出産されます。


天使のウインクは、「約束」という歌詞がぐるぐると回って子供心にちょっと悲しかった思い出になります。このときに恋愛感情とか、男女の関係、美しさや汚さみたいなものを、少しだけ感じながら、思春期だったんでしょうね。複雑な感情がありました。

神田沙也加さんに関しては、何か言えることは無く、ただ、ご冥福をお祈りするばかりなのですが、先日彼女の曲を聴く機会があって、その歌詞が正直というか、凄く入ってくる感じがありましたので、是非聞いてみて欲しいなと思いましたので紹介します。

ever since
SAYAKA
2002/5/9

作詞は本人で、作曲はthe brilliant greenの奥田俊作さん。彼女のデビューシングルになります。



熱視線
安全地帯
2010/3/24

安全地帯の「熱視線」はアルバムに入らなかった曲、前週1985年2月28日に安全地帯としては初のザ・ベストテンでの1位を獲得しています。残念ながら中継での出演でしたのでスタジオでくす玉を割れなかったという逸話がありますね。
この曲も、前作「恋の予感」とはずいぶん印象の違う曲でして、好き嫌いが分かれる曲ではありますが、アレンジが好きな曲でモップスの星勝さんが多く関わってるんでしょうか。間奏の部分が好きで、何度か繰り返して聞くのが毎度であります。

田舎にいても、活動を続けていればチャンスはある。旭川ドリームは、北海道の田舎町に傷心の中引っ越していった私に勇気と希望を与えてくれたと言ってもいいでしょう。私は夢だけで終わっているけれど、今でも細々趣味としては活動できている。1985年の楽曲と、アーティストの皆さんが、あのとき挫折し、子供心に先が見えない苦痛を感じていた私を励ましてくれました。

だからこそ、この時期の曲、車で運転しながら聞いたりすると危ない。なにもないときに「安全地帯」で聞くのです。

天使のウインク
松田 聖子
1991/12/1

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